【労務担当者向け】在宅勤務の障がい者雇用を支援する制度:法定雇用率特例・助成金詳細解説
はじめに:多様な働き方を支える在宅就業障害者雇用とその支援制度
近年、働き方の多様化が進む中で、障がいのある方の雇用においても在宅勤務(テレワーク)は重要な選択肢となっています。在宅勤務は、通勤の負担軽減や、個々の障がいの特性に応じた働きやすい環境整備を可能にする一方で、企業側にとっては新たな雇用形態への対応や、制度の活用方法に関する疑問が生じることもあります。
特に、障害者雇用納付金制度における法定雇用率算定において、在宅で就業する障がい者の取り扱いは、通常の事業所内で勤務する障がい者とは異なる特例措置が設けられています。この特例を理解し、適切に活用することは、法定雇用率の達成や雇用納付金の軽減、さらには障がい者雇用の促進と定着において、労務担当者にとって非常に重要となります。
本稿では、障害者雇用納付金制度における在宅就業障害者の算定特例を中心に解説し、さらに、在宅での障がい者雇用を支援するために活用できる国の助成金や支援制度について、具体的な要件や活用ポイントを詳述します。企業の障がい者雇用ご担当者様が、在宅での障がい者雇用を推進し、関連制度を効果的に活用するための実践的な情報を提供することを目的とします。
障害者雇用納付金制度における在宅就業障害者の算定特例
障害者雇用納付金制度では、常時雇用する労働者数が100人を超える企業に対し、法定雇用率(現在の民間企業は2.5%)の達成状況に応じて、雇用納付金の徴収または調整金・報奨金の支給が行われます。この法定雇用率の算定において、在宅で就業する重度身体障がい者および重度知的障がい者については、特別な算定方法が適用されます。
特例の概要:ダブルカウント・トリプルカウント
通常の法定雇用率算定においては、短時間労働者(週所定労働時間が20時間以上30時間未満)は0.5人、それ以外の労働者は1人としてカウントします。重度身体障がい者および重度知的障がい者は、週所定労働時間に関わらず1人につき2人としてカウントされます(ダブルカウント)。
在宅で就業する重度身体障がい者および重度知的障がい者の場合、このカウントがさらに優遇されます。 * 週所定労働時間30時間以上: 1人につき 3人 としてカウント(トリプルカウント) * 週所定労働時間20時間以上30時間未満: 1人につき 2人 としてカウント
この特例は、在宅での重度障がい者等の雇用を促進することを目的としています。企業が在宅で重度障がい者等を雇用することにより、事業所内で勤務させる場合に比べて、より大きく法定雇用率に算入されることになります。
対象となる「在宅就業障害者」の定義・要件
この特例の対象となる「在宅就業障害者」とは、以下の要件を満たす者を指します。
- 障害の種類・程度: 身体障がい者手帳1級または2級をお持ちの重度身体障がい者、または療育手帳(A判定)をお持ちの重度知的障がい者であること。精神障がい者や、重度以外の身体・知的障がい者はこの特例の対象外です(ただし、後述の助成金対象となる可能性はあります)。
- 就業形態: 自宅等、事業所から離れた場所で就業していること。事業所内の一部門やサテライトオフィスでの勤務は原則として含まれません。
- 雇用形態: 企業に雇用されていること(正規雇用、非正規雇用を問いません)。
- 指揮命令関係: 企業との間に明確な指揮命令関係があり、労働基準法上の労働者であること。
- 労働条件: 労働時間や報酬等が、他の労働者と同様に適切に定められていること。
算定方法の詳細と実務上の注意点
算定期間(毎年6月1日時点)において、上記の要件を満たす在宅就業障害者の人数を集計し、週所定労働時間に応じて3倍または2倍して法定雇用率に算入します。
実務上の注意点としては、以下の点が挙げられます。
- 証明書類の確認: 対象者の障害の種類・程度を確認するため、身体障がい者手帳や療育手帳の提示・コピーの保管が必要です。
- 在宅勤務の実態確認: 在宅での勤務であること、指揮命令下にあること、労働時間の実態などを、雇用契約書や勤務記録等で明確に証明できるようにしておく必要があります。特に、業務委託契約ではなく、雇用契約であることの確認が重要です。
- 週所定労働時間の把握: 週所定労働時間に応じて算定係数が異なるため、契約上の労働時間と実際の労働時間を正確に把握する必要があります。
- 雇用状況報告への記載: 毎年提出する「障害者雇用状況報告書」において、在宅就業障害者として計上する人数を正しく記載する必要があります。
この特例を理解し、正確に算定することで、企業の法定雇用率達成に向けた戦略に大きく影響します。
在宅就業障害者の雇用に関連する主な国の支援制度・助成金
障害者雇用納付金制度の算定特例に加え、在宅での障がい者雇用を促進し、企業が雇用環境を整備するために活用できる様々な国の助成金や支援制度があります。以下に、関連性の高い主な制度を解説します。
1. 特定求職者雇用開発助成金(特定就職困難者コース)
この助成金は、高齢者、障がい者等の就職が特に困難な方をハローワーク等の紹介により継続して雇用する労働者として雇い入れる事業主に対して支給されます。障がい者の場合、障がいの種類・程度によって助成額や対象となる雇用期間が異なりますが、在宅で雇用する場合も対象となり得ます。
- 対象となる障がい者:
- 身体障がい者
- 知的障がい者
- 精神障がい者
- 発達障害者
- 難治性疾患患者
- など(対象障がい者の区分により助成額・期間が異なります)
- 要件: ハローワークまたは民間の職業紹介事業者等の紹介であること、継続雇用が確実であると認められること(原則として1年以上)、週所定労働時間20時間以上であることなど。
- 支給額: 対象障がい者の種類・企業規模(中小企業かそれ以外か)により異なります。重度身体障がい者・重度知的障がい者を短時間(週20〜30時間)以外の労働時間で雇用した場合、大企業で120万円、中小企業で160万円(それぞれ半年ごとの分割支給)などが例として挙げられます(金額は変更される可能性があります)。
- 活用ポイント: 在宅勤務かどうかに関わらず利用できる基本的な障がい者雇用助成金です。特に、新たに在宅で障がい者を雇用する際に活用が検討できます。法定雇用率算定特例の対象となる重度身体・知的障がい者だけでなく、他の障がい種別の方を在宅で雇用する場合にも広く活用できます。
2. 特定求職者雇用開発助成金(発達障害者・難治性疾患患者等コース)
このコースは、発達障害者や難治性疾患患者等をハローワーク等の紹介により継続して雇用する労働者として雇い入れる事業主に対して支給されます。在宅での雇用も対象となり得ます。
- 対象となる障がい者: 発達障害者、難治性疾患患者
- 要件: 特定就職困難者コースと同様、ハローワーク等の紹介であること、継続雇用が確実であること、週所定労働時間20時間以上であることなど。
- 支給額: 大企業で60万円、中小企業で80万円(それぞれ半年ごとの分割支給)などが例として挙げられます(金額は変更される可能性があります)。
- 活用ポイント: 近年雇用が増加傾向にある発達障害のある方を在宅で雇用する際に特に有効です。在宅環境は、特定の感覚過敏を持つ方などにとって、通勤やオフィス環境によるストレスを軽減し、働きやすさを提供する場合があります。
3. 障害者介助等助成金
この助成金は、障がい者が働き続けるために必要となる、職場での介助者配置や、通勤を容易にするための措置等に対して支給されます。在宅勤務の場合、物理的な介助者の配置は少ないかもしれませんが、「通勤を容易にするための措置」として、在宅勤務に必要な機器の購入や通信費用の一部補助などが対象となり得る場合があります。詳細な要件や対象経費は、管轄のハローワークや独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)に確認が必要です。
- 対象となる措置: 職場介助者の配置、手話通訳者等の委託、通勤援助、職場環境の整備(作業施設の改善等)など。
- 要件: 障がい者の雇用継続のために必要な措置であること。
- 活用ポイント: 在宅勤務に必要な設備やサービス利用にかかる費用負担を軽減できる可能性があります。ただし、対象となる経費の範囲が限定的である場合もあるため、具体的な導入計画と照らし合わせて確認が必要です。
4. 障害者雇用におけるテレワーク導入支援助成金(仮称、関連制度含む)
直接的に「テレワーク導入支援」という名称の常設助成金は変更される場合がありますが、障害者雇用安定等助成金の一部として、テレワークに関する費用を支援する制度が設けられることがあります(例:障害者雇用安定助成金(重度障害者等通勤対策助成金)の一部で、テレワーク用機器等の購入費用等が対象となる期間があったなど)。
また、職場環境改善助成金の中で、テレワークに必要な機器やソフトウェアの購入・設置費用、通信環境整備費用などが対象となる場合があります。
- 対象経費の例: パソコン、周辺機器、ソフトウェア、VPN等の設定費用、通信回線利用料の一部など。
- 要件: 障がい者の在宅勤務(テレワーク)に必要な環境整備であること。
- 活用ポイント: 在宅勤務環境の初期費用やランニングコストの一部をカバーすることで、導入のハードルを下げることができます。最新の制度内容や対象経費については、JEEDのウェブサイト等で確認が必要です。
5. 職場環境改善助成金
この助成金は、障がい者がその能力をより有効に発揮できるように、作業方法の改善、作業施設の設置等、職場環境の改善を行う事業主に対して支給されます。在宅勤務環境の整備も、「職場環境の改善」として対象となり得る可能性があります。
- 対象経費の例: 障がい特性に応じた特別な機器・ツールの購入、作業スペースの改修(防音、照明調整など、在宅環境では適用範囲が限られる可能性も)、通勤負担軽減のための支援など。
- 要件: 障がい者の就業上の困難を改善するための措置であること。
- 活用ポイント: 在宅勤務においても、障がい特性に応じて個別の環境調整が必要となる場合があります。例えば、特定のソフトウェアが必要な場合や、特殊な入力装置が必要な場合などに、この助成金が活用できるか検討できます。
在宅就業障害者雇用における制度活用の具体的なポイント
在宅での障がい者雇用を進める上で、これらの制度を効果的に活用するためのポイントは以下の通りです。
1. 最適な制度の選び方
企業の状況や、雇用を検討している障がい者の障害特性、想定される働き方(労働時間、業務内容)に応じて、活用できる制度は異なります。
- 新規雇用の場合: 特定求職者雇用開発助成金(特定就職困難者コース、発達障害者・難治性疾患患者等コース)が中心的な選択肢となります。
- 環境整備が必要な場合: 障害者介助等助成金や職場環境改善助成金、またはテレワーク関連の助成金を検討します。
- 重度身体・知的障がい者の在宅雇用: 法定雇用率算定特例による算入率メリットが大きいため、優先的に検討する価値があります。併せて、上記の助成金も活用することで、雇用・定着をより確実に進めることができます。
複数の制度を組み合わせて活用することも可能です。例えば、特定求職者雇用開発助成金で雇用コストの一部を賄い、同時に職場環境改善助成金で在宅勤務に必要な機器を整備するといった方法が考えられます。
2. 申請手続きを円滑に進めるための準備
各種助成金の申請には、共通して以下の準備が重要です。
- 情報の収集: 最新の助成金制度内容、要件、申請期間、必要書類などをJEEDやハローワークのウェブサイト、担当窓口で確認します。制度改正が頻繁に行われるため、常に最新情報を参照することが不可欠です。
- 計画の策定: どのような障がい者を、どのような条件で雇用し、どのような環境整備を行うのか、具体的な計画を立てます。在宅勤務の場合は、業務内容、必要な機器・環境、コミュニケーション方法なども詳細に検討します。
- 必要書類の準備: 雇用契約書、賃金台帳、出勤簿(勤務記録)、障がい者手帳のコピー、環境整備にかかる見積書・領収書など、制度ごとに定められた書類を漏れなく準備します。在宅勤務の場合は、勤務実態を証明できる記録(オンラインでの業務ログ、定期的な報告記録など)も重要になります。
- 専門機関への相談: 不明な点や申請手続きに関する疑問は、遠慮なくハローワークやJEEDの専門窓口(障害者雇用担当)に相談します。
3. 雇用管理上の留意点と制度活用による解決策
在宅での障がい者雇用においては、オフィス勤務とは異なる雇用管理上の留意点があります。
- コミュニケーション: 定期的なオンラインミーティング、チャットツール、メールなどを活用し、孤立を防ぎ、業務指示や相談が円滑に行える体制を構築することが重要です。介助等助成金でコミュニケーション支援ツールの導入費用が対象となるか確認することも有効です。
- 勤怠管理: 労働時間の正確な把握のため、オンライン勤怠管理システムや自己申告と業務日報の併用など、仕組みを確立します。
- 環境整備: 業務に必要な物理的・情報的な環境が自宅で整っているか確認し、必要に応じて企業側で支援を行います。職場環境改善助成金やテレワーク関連助成金が活用できます。
- 体調管理・メンタルヘルス: 定期的なオンライン面談等で体調やメンタルヘルスの状況を把握し、必要に応じて産業医面談や外部専門機関への相談を案内できる体制を整えます。障害者就業・生活支援センター等の外部支援機関との連携も有効です。
これらの雇用管理上の課題に対して、関連する支援制度が解決策の一部を提供することがあります。制度の活用は、単なるコスト補填だけでなく、適切な雇用管理体制を構築するための後押しともなり得ます。
まとめ:在宅就業障害者雇用は法定雇用率達成と多様な働き方実現の鍵
障害者雇用納付金制度における在宅就業障害者の算定特例は、特に重度身体・知的障がい者の雇用において、法定雇用率の早期達成に大きく貢献する可能性があります。また、特定求職者雇用開発助成金や職場環境改善助成金、テレワーク関連の支援制度などを組み合わせることで、採用から環境整備、雇用継続まで、在宅での障がい者雇用に関する様々なコストや課題を軽減することが可能です。
在宅勤務は、障がいの特性によっては最も能力を発揮しやすい働き方であり、企業にとっては優秀な人材確保の機会を広げることにも繋がります。労務ご担当者様におかれましては、これらの制度内容を深く理解し、自社の雇用戦略と照らし合わせながら、最適な制度活用を検討いただければ幸いです。最新かつ詳細な情報については、必ずJEEDやハローワーク等の公的機関にご確認ください。