【労務担当者向け】助成金活用の第一歩:障がい者雇用支援制度申請に向けた計画作成と準備実務
はじめに:なぜ助成金申請前の「計画と準備」が重要なのか
障がい者雇用に関わる助成金や国の支援制度は多岐にわたり、それぞれに目的や要件が定められています。これらの制度を有効活用することは、法定雇用率の達成、職場環境の改善、そして障がいのある社員の定着促進に大きく貢献します。しかし、制度を単に「知っている」だけでは十分ではありません。実際に申請を行い、効果的に活用するためには、事前の丁寧な計画作成と周到な準備が不可欠です。
多くの助成金制度では、取り組みを開始する前に計画の認定や承認が必要となる場合があります。また、要件を満たさずに申請しても不支給となるリスクがあります。本記事では、障がい者雇用支援制度の申請をスムーズに進め、その効果を最大化するために、実務担当者が押さえるべき計画作成と準備の重要ポイントについて解説します。
制度申請に向けた計画・準備の全体像
助成金・支援制度の申請に向けた計画と準備は、一般的に以下のステップで進行します。
- 自社の現状と課題の正確な把握
- 活用を検討する制度の調査と絞り込み
- 具体的な取り組み内容の検討と計画の策定
- 制度の申請要件の詳細確認と必要書類の準備
- 社内体制の整備と関係部署との連携強化
これらのステップを順に進めることで、自社にとって最適な制度を選択し、円滑に申請手続きを進めることが可能となります。
1. 自社の現状と課題の正確な把握
最初のステップは、自社の障がい者雇用の現状を正確に把握し、どのような課題を解決したいのか、どのような状態を目指したいのかを明確にすることです。
- 法定雇用率の状況: 現在の雇用人数、今後の採用計画、雇用率の推移などを確認します。法定雇用率達成・維持が最優先課題なのか、それとも既に達成しており定着や環境改善に注力したいのかによって、検討すべき制度が変わります。
- 雇用している障がい者の状況: 障がいの種類、職務内容、働き方(フルタイム、短時間)、定着状況などを把握します。特定の障がい種別(精神障がい、発達障がいなど)に特化した支援が必要か、短時間労働者の雇用が多いかなど、実態に即したニーズを洗い出します。
- 職場環境の状況: 物理的な環境(設備、施設)、人的な環境(社内理解、サポート体制)、業務内容などを評価します。バリアフリー化が必要か、業務遂行に必要な支援機器があるか、社員向けの研修が必要かなど、具体的な改善点を特定します。
- 今後の雇用計画: 今後どのような障がい者を何名雇用したいのか、どのような職務を想定しているのかなど、具体的な採用計画を立てます。これにより、トライアル雇用や特定の対象者に特化した助成金が検討対象となります。
この段階で、解決したい課題と制度活用の目的を明確に言語化することが重要です。「とりあえず助成金をもらいたい」ではなく、「〇〇という課題を解決するために、△△という制度を活用し、□□を実現したい」というように、具体的な目標設定を行います。
2. 活用を検討する制度の調査と絞り込み
自社の課題と目的が明確になったら、それを解決するためにどのような助成金や支援制度が利用できるかを調査します。厚生労働省やハローワーク、高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)のウェブサイトなどで最新情報を収集します。
制度を調査する際は、以下の点を中心に確認し、自社の状況や目的に合致する可能性のある制度をいくつかリストアップします。
- 制度の目的: どのような取り組み(雇入れ、環境整備、定着支援など)を支援するための制度か。
- 主な対象者: どのような障がいの種類や特性を持つ人が対象となる制度か(例:特定求職者雇用開発助成金は特定の要件を満たす障がい者などが対象)。
- 支援内容: 助成金、施設設置、専門家による支援(ジョブコーチなど)のどの形態のサポートか。
- 申請時期・期間: 制度の申請が可能な期間や、取り組み開始前に申請が必要か、事後申請が可能かなどを確認します。多くの助成金は取り組み開始前に計画提出が必要です。
この段階では、複数の制度が候補となる可能性があります。各制度の概要を把握し、自社の課題解決に最も効果的と思われる制度を絞り込みます。
3. 具体的な取り組み内容の検討と計画の策定
検討対象とする制度が絞り込めたら、その制度の要件に照らし合わせながら、具体的な取り組み内容を検討し、詳細な計画を策定します。
例えば、障害者雇用施設設置等助成金を検討する場合、どのような施設や設備を設置・整備するのか、それが障がいのある社員の雇用や業務遂行にどう繋がるのかを具体的に計画します。特定求職者雇用開発助成金(特定就職困難者コース)であれば、どのような職務で、どのような特性を持つ対象者を、いつまでに何名雇用する計画なのかを明確にします。
計画には、以下の要素を含めることが望ましいです。
- 取り組みの目標: どのような課題を解決し、何を目指すのか。
- 具体的な実施内容: 何を、いつまでに、どのように行うのか。担当者は誰か。
- 対象となる障がい者: どのような特性を持つ障がい者を想定しているのか(すでに雇用している社員が対象となる制度もあります)。
- 費用: 取り組みに要する概算費用。
- 期待される効果: 雇用率への影響、定着率向上、生産性向上など、取り組みによって得られる効果。
この計画は、後の申請書類作成の基礎となるだけでなく、社内で関係者と共有し、共通認識を持つためにも非常に重要です。
4. 制度の申請要件の詳細確認と必要書類の準備
策定した計画が、対象とする制度の具体的な申請要件を満たしているかを詳細に確認します。
- 企業側の要件: 企業の規模、業種、雇用保険適用事業所であるか、労働保険料の滞納がないかなど、企業自体が制度の対象となるかを確認します。
- 対象者側の要件: 雇用を予定または継続する障がい者が、制度が定める障がいの種類、手帳の有無、雇用形態、勤続期間などの要件を満たすかを確認します。
- 取り組み内容の要件: 計画している取り組み内容が、制度が支援する対象となる内容であるかを確認します(例:単なる既存設備の修繕は対象外となる場合など)。
- 申請期間・手続き: 申請の受付期間、申請窓口(ハローワーク、JEEDなど)、申請から認定・支給までの流れ、必要な提出書類リストを正確に把握します。
特に重要なのは、多くの助成金は取り組みを開始する前に計画(または申請)が必要という点です。計画認定前に着手した取り組みは、原則として助成対象となりません。申請書類は制度によって多岐にわたりますが、会社の登記簿謄本、労働条件通知書、賃金台帳、障がい者手帳のコピー、施設の図面や見積もりなど、様々な書類が必要となる可能性があります。これらの準備には時間がかかるため、早期に着手することが重要です。
5. 社内体制の整備と関係部署との連携強化
障がい者雇用に関する取り組みは、労務部門だけで完結するものではありません。人事部門、現場の部署(受け入れ部署)、総務部門(施設・設備関連)など、複数の部署が関わります。
制度申請とその後の取り組みを円滑に進めるためには、事前に以下の点を整備・強化しておくことが望ましいです。
- 責任者の明確化: 助成金申請や障がい者雇用推進全体の責任者を明確にします。
- 社内ルールの整備: 障がい者雇用に関する社内規定やマニュアルを見直します。
- 関係部署への説明・協力体制の構築: 計画内容や制度の概要について関係部署に説明し、協力を依頼します。特に現場の理解と協力は、雇用の成功と定着に不可欠です。設備設置等であれば総務部との連携、採用であれば人事部との連携が重要になります。
- 情報共有の仕組み: 申請状況や取り組みの進捗を関係者間で共有する仕組みを構築します。
制度活用を成功させるための計画・準備のポイント
- 早期の情報収集と計画着手: 制度は改正されることもあります。常に最新情報を確認し、余裕を持って計画と準備に取りかかることで、焦らず確実に手続きを進めることができます。
- 複数の制度の可能性を検討: 一つの課題解決に複数の制度が利用できる場合や、複数の制度を組み合わせることでより大きな効果が期待できる場合があります。例えば、雇入れには特定求職者雇用開発助成金、定着にはジョブコーチ支援や職場環境改善助成金など、フェーズや目的に応じて異なる制度を検討します。
- ハローワークや専門機関への相談: 制度の詳細な要件や申請手続きについて不明な点がある場合は、管轄のハローワークや高齢・障害・求職者雇用支援機構の窓口に積極的に相談します。専門家(社会保険労務士など)に相談することも有効です。
- 計画の具体性と実現可能性: 策定した計画は、具体的な行動レベルまで落とし込み、かつ自社のリソースで実現可能である必要があります。曖昧な計画では、申請が認められなかったり、実行が困難になったりするリスクがあります。
まとめ
障がい者雇用支援制度の活用は、企業の社会的責任を果たすだけでなく、多様な人材の確保、組織の活性化、生産性の向上にも繋がる重要な経営課題です。助成金の申請は単なる事務手続きではなく、障がい者雇用の推進という大きな目標達成に向けた計画の一環として位置づけるべきです。
今回解説した計画作成と準備のステップを丁寧に進めることで、自社に最適な制度を効果的に活用し、障がいのある社員が能力を発揮できるより良い雇用環境を整備することが可能となります。本記事が、企業の障がい者雇用推進における一助となれば幸いです。