法定雇用率と連動する障害者雇用納付金制度:納付金、調整金、報奨金の詳細と実務対応
障害者雇用納付金制度とは? 法定雇用率達成に向けた企業の実務対応
障がい者雇用は、企業の社会的責任であり、法定雇用率の達成は多くの企業にとって重要な課題です。この法定雇用率と密接に関わる制度の一つに、「障害者雇用納付金制度」があります。この制度は、障がい者雇用に伴う事業主の経済的負担を調整し、すべての事業主が障がい者雇用の協力を図ることを目的としています。
常用雇用労働者数100人を超える企業であれば、障がい者の雇用状況に応じて納付金の納付や調整金・報奨金の受給が発生する可能性があります。企業の労務担当者として、この制度の仕組みを正確に理解し、適切に対応することは、法定雇用率達成に向けた戦略を立てる上でも、経済的な影響を管理する上でも不可欠です。
本稿では、障害者雇用納付金制度の全体像を解説するとともに、納付金、調整金、報奨金のそれぞれの詳細、対象となる企業や障がい者の要件、算定方法、申請手続き、そして企業側の実務対応におけるポイントやメリット・デメリットについて詳しく見ていきます。
障害者雇用納付金制度の目的と仕組み
障害者雇用納付金制度は、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)が運営しています。その主な目的は以下の通りです。
- 障がい者を多く雇用している企業と、そうでない企業との間の経済的な負担を調整すること。
- 障がい者を雇用するための設備投資等に対する助成を行うことにより、企業の障がい者雇用を促進すること。
この制度は、常用雇用労働者数が100人を超える企業を対象としています。毎年6月1日時点の障がい者雇用状況に基づき、法定雇用率を達成しているか否かで、以下のような経済的な調整が行われます。
- 障害者雇用納付金: 法定雇用率を達成していない企業が納付します。
- 障害者雇用調整金: 法定雇用率を超過達成している企業が受給できます。
- 報奨金: 常用雇用労働者数100人以下の企業で、一定数(直近の年度において障がい者等の雇用に関する状況を報告した障害者の数が、厚生労働省令で定める数(※)を超えている場合)の障がい者を雇用している場合に受給できます。※厚生労働省令で定める数は、令和5年度までは5人、令和6年度からは4人となります。
この制度によって集められた納付金等は、障がい者を雇用する企業や、障がい者福祉施設等に対して支給される様々な助成金等の財源となります。職場環境改善助成金や障害者トライアル雇用助成金なども、この制度を財源の一部としています。
納付金・調整金・報奨金の詳細
障害者雇用納付金
- 対象企業: 常用雇用労働者数が100人を超え、かつ法定雇用率(令和6年4月1日現在で2.5%、順次引き上げ予定)を達成していない企業。
- 算定方法: 法定雇用率に対して不足している障がい者の数(不足数)に、1人あたり月額50,000円を乗じて算定されます。
- 計算式例:納付金額 = (法定雇用率で計算される障がい者数 - 実雇用障がい者数) × 50,000円 × 12ヶ月
- ここでいう「不足数」は、1人未満の端数がある場合は切り捨てとなります。
- 手続き: 毎年4月1日から5月15日までの間に、前年度(4月1日~3月31日)分の納付金を申告・納付する必要があります。申告先はJEEDです。
障害者雇用調整金
- 対象企業: 常用雇用労働者数が100人を超え、かつ法定雇用率を超過達成している企業。
- 算定方法: 法定雇用率を超過して雇用している障がい者の数(超過数)に、1人あたり月額29,000円を乗じて算定されます。
- 計算式例:調整金額 = (実雇用障がい者数 - 法定雇用率で計算される障がい者数) × 29,000円 × 12ヶ月
- ここでいう「超過数」は、1人未満の端数がある場合は切り捨てとなります。
- 手続き: 毎年4月1日から5月15日までの間に、前年度分の調整金の申請を行う必要があります。申請先はJEEDです。申請内容が認められれば、調整金が支給されます。
報奨金
- 対象企業: 常用雇用労働者数が100人以下(ただし、直近の年度において障がい者等の雇用に関する状況を報告した障害者の数が、厚生労働省令で定める数(※)を超えている場合)の企業。※令和5年度は5人、令和6年度からは4人です。
- 算定方法: 雇用している障がい者の数に、1人あたり月額21,000円を乗じて算定されます。
- 計算式例:報奨金額 = 実雇用障がい者数 × 21,000円 × 12ヶ月
- 手続き: 毎年4月1日から5月15日までの間に、前年度分の報奨金の申請を行う必要があります。申請先はJEEDです。申請内容が認められれば、報奨金が支給されます。常用雇用労働者100人超の企業における調整金と同様に、法定雇用率達成へのインセンティブという位置づけになります。
在宅就業障害者特例
障害者雇用納付金制度には、在宅で就業する重度障がい者等に関する特例があります。特定の条件を満たす場合、雇用率算定や納付金・調整金の算定において、特例的な取り扱いが適用されることがあります。これは納付金制度の一部として知っておくべき要素です。
企業側の実務対応とメリット・デメリット
納付金対象企業の実務対応
法定雇用率を達成できていない企業は、納付金の納付義務が生じます。これは企業にとって追加的なコスト負担となります。しかし、この納付金を単なるコストと捉えるだけでなく、障がい者雇用を促進するための投資への「警告」あるいは「インセンティブ」と捉えることも重要です。納付金を回避するためには、計画的な障がい者の採用活動を進める必要があります。
- 実務対応:
- 毎年6月1日時点の障がい者雇用状況を正確に把握する。
- 法定雇用率に基づき、不足人数と予想される納付金額を試算し、予算を確保する。
- 計画的に障がい者採用活動を進める。
- 他の障がい者雇用に関する助成金(トライアル雇用助成金、特定求職者雇用開発助成金など)の活用を検討し、採用コストの軽減を図る。
- 職場環境改善助成金などを活用し、受け入れ体制を整備する。
- 毎年4月1日から5月15日の期間内に、JEEDへの申告・納付手続きを漏れなく行う。
調整金・報奨金対象企業の実務対応
法定雇用率を超過達成している企業、または常用雇用労働者100人以下で一定数の障がい者を雇用している企業は、調整金または報奨金を受給できます。これは、障がい者雇用に積極的に取り組んでいる企業に対する経済的な評価であり、新たな障がい者雇用や既存従業員の職場環境改善に再投資できる資金となります。
- 実務対応:
- 毎年6月1日時点の障がい者雇用状況を正確に把握する。
- 調整金または報奨金の受給要件を満たしているか確認する。
- 受給額を試算する。
- 毎年4月1日から5月15日の期間内に、JEEDへの申請手続きを漏れなく行う。
- 受給した資金を、さらなる障がい者雇用促進や職場環境改善に有効活用することを検討する。
企業から見たメリット・デメリット
- メリット:
- 法定雇用率を超過達成することで調整金または報奨金を受給でき、経済的なメリットが得られる。
- 納付金制度の存在が、法定雇用率達成に向けたインセンティブとなり、計画的な障がい者雇用を促す。
- 制度によって集められた納付金等が、他の障がい者雇用関連助成金の財源となり、雇用環境整備等に活用できる機会が生まれる。
- 障がい者雇用を進めることは、企業のダイバーシティ推進や社会的イメージ向上につながる。
- デメリット:
- 法定雇用率を達成できない場合、納付金の負担が発生する。
- 申告・申請手続きに手間と時間がかかる。
- 制度の仕組みや要件が複雑で、正確な理解と対応が求められる。
申請・申告手続きの流れと注意点
障害者雇用納付金、調整金、報奨金の申告・申請は、基本的に毎年1回、年度単位で行われます。
- 対象期間: 前年度(4月1日から3月31日)の障がい者雇用状況が対象となります。
- 申告・申請期間: 毎年4月1日から5月15日までです。この期間内に、前年度の状況に基づき申告・申請を行います。
- 手続き先: 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)です。オンラインでの申請も可能です。
- 必要書類: 主に「障害者雇用納付金・調整金・報奨金申告(申請)書」や、その算定の基礎となる書類(賃金台帳、出勤簿、雇用契約書、障がい者手帳の写しなど)が必要となります。前年6月1日時点の「障害者雇用状況等報告書」の内容とも連携しています。
実務対応上の注意点:
- 期日厳守: 申告・申請期間を過ぎると、納付遅延金が発生したり、調整金・報奨金が受給できなくなったりする可能性があります。
- 正確な情報把握: 毎月の障がい者の雇用状況(特に重度、短時間労働者などの区分)を正確に把握し、年度末にスムーズに集計できるようにしておくことが重要です。
- 法定雇用率の理解: 最新の法定雇用率や算定方法(特に除外率制度の段階的廃止など)を常に確認しておく必要があります。
- JEEDやハローワークへの相談: 制度の詳細や手続きで不明な点があれば、JEEDの各都道府県支部やハローワークに相談できます。
まとめ:障害者雇用納付金制度への適切な実務対応に向けて
障害者雇用納付金制度は、法定雇用率を巡る企業の経済的な調整弁として機能する重要な制度です。労務担当リーダーとして、この制度の目的、納付金・調整金・報奨金の詳細な要件、算定方法、そして申告・申請手続きを正確に理解し、適切に対応することは、企業のコンプライアンス遵守だけでなく、法定雇用率達成に向けた戦略的な取り組みを進める上でも不可欠です。
法定雇用率の達成状況によって、納付金の負担が発生するのか、あるいは調整金や報奨金を受給できるのかが分かれます。これは、障がい者雇用に対する企業の姿勢が直接的に経済的なインセンティブやペナルティにつながることを意味します。
この制度を理解し活用することは、単にコストや収入の話に留まりません。それは、企業が障がいのある方を積極的に雇用し、その能力を活かせる環境を整備するための具体的な行動計画を立てるきっかけとなります。他の助成金制度と組み合わせて活用することで、採用や定着、職場環境整備にかかるコストを軽減しながら、結果として納付金の負担を減らし、あるいは調整金・報奨金の受給へとつなげることが可能です。
貴社の障がい者雇用推進において、障害者雇用納付金制度に関する知識を深め、計画的な実務対応を進めていただければ幸いです。