障害者トライアル雇用助成金の申請・活用完全ガイド:採用と定着を成功させるために
はじめに:障害者トライアル雇用助成金が企業にもたらす可能性
障がい者雇用は、企業の社会的責任を果たすだけでなく、多様な人材の活躍を促進し、組織全体の活性化に繋がる重要な経営課題の一つです。しかし、障がいのある方を新たに雇用するにあたり、「業務への適応は可能か」「職場環境の整備はどのように行うべきか」といった懸念を持つ企業も少なくありません。
こうした企業側の不安を軽減し、障がい者雇用の第一歩を後押しするために設けられているのが、「障害者トライアル雇用助成金」です。この制度は、一定期間、障がいのある方を試行的に雇用することで、企業と求職者の双方に仕事や職場の適性を見極める機会を提供するものです。
本記事では、実務担当者である皆様がこの助成金を効果的に活用し、障がい者雇用の成功、ひいては人材の定着に繋げるための詳細な情報を提供いたします。制度の概要から具体的な申請方法、活用におけるポイントまでを網羅的に解説します。
障害者トライアル雇用助成金とは
障害者トライアル雇用助成金は、ハローワークまたは民間の職業紹介事業者等の紹介により、障がいのある方を原則3ヶ月間の試行雇用(トライアル雇用)として雇い入れた事業主に対して支給される助成金です。
この制度の主な目的は、以下の通りです。
- 障がいのある求職者に対して、就職のきっかけを提供すること。
- 企業に対して、障がいのある方の適性や能力を見極める機会を提供すること。
- 試行雇用を通じて、常用雇用(期間の定めのない雇用)への移行を促進すること。
企業はトライアル期間中に、業務遂行能力や職場への適応状況を確認でき、求職者も実際の職場で自身の能力を発揮できるか、職場の雰囲気になじめるかなどを判断できます。この期間を経て、企業と求職者の双方が合意すれば、常用雇用へ移行するという流れが一般的です。
支給対象となる事業主・障がい者・取り組みの要件
障害者トライアル雇用助成金を受給するためには、事業主、対象となる障がい者、そしてトライアル雇用の実施方法について、それぞれ特定の要件を満たす必要があります。
事業主の要件
- ハローワークまたは厚生労働大臣の許可を受けた有料・無料の職業紹介事業者等の紹介により対象者を雇い入れること。
- トライアル雇用に係る雇用契約を締結し、対象者を雇用保険被保険者とすること。
- 労働条件が、同一の事業所に雇用される通常の労働者の労働条件と比較して不当に低くないこと。
- 対象者を原則3ヶ月間(精神障がい者の場合は原則3ヶ月〜12ヶ月間)の期間を定めて雇用すること。
- 対象者を週の労働時間が10時間以上である短時間労働者以外の労働者として雇用すること(精神障がい者の場合は週10時間以上も対象)。
- 過去2年間に、対象者を雇用保険の被保険者として雇用したことがないこと。
- 過去2年間に、トライアル雇用に係る雇入れ日以前6ヶ月前からトライアル雇用期間中に、対象者を解雇等したことがないこと。
- その他、助成金の支給要件を満たすこと。
対象となる障がい者の要件
以下のいずれかに該当する障がいのある方が対象となります。
- 身体障がい者
- 知的障がい者
- 精神障がい者
- その他の障がい者(発達障がい、高次脳機能障がい等)
これらの障がい者が、以下のいずれかの条件を満たす必要があります。
- 就労経験のない職業に就くことを希望する者
- 過去1年間に、正規雇用としての就労経験がなく、かつ、トライアル雇用を通じて正規雇用へ移行することを希望する者
- 重度身体障がい者、重度知的障がい者、精神障がい者であって、ハローワークの登録又は障害者就業・生活支援センターによる支援を受けている者
トライアル雇用の取り組みの要件
- ハローワーク等の紹介から2週間以内にトライアル雇用を開始すること。
- 対象者を雇用保険被保険者として雇用すること。
- 原則として3ヶ月間(精神障がい者は3ヶ月〜12ヶ月間)の試行雇用期間を設けること。
- 週の所定労働時間が原則20時間以上であること(精神障がい者は週10時間以上も対象)。
- トライアル雇用の期間満了後、常用雇用への移行を検討すること。
支給額と支給期間
障害者トライアル雇用助成金の支給額と期間は、対象となる障がい者の種類によって異なります。
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精神障がい者以外の方:
- 対象者1人につき、月額最大4万円が最長3ヶ月間支給されます。
- 支給額は、対象者の実際の労働時間に応じて按分される場合があります。
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精神障がい者の方:
- 対象者1人につき、月額最大8万円が最長12ヶ月間支給されます。
- 試行雇用の期間は事業主と対象者で相談の上決定できますが、原則3ヶ月以上が必要です。
- 週の所定労働時間が20時間未満の場合(短時間トライアル雇用)、月額最大5万円が最長12ヶ月間支給されます。
支給は原則として月単位で行われ、トライアル雇用開始日から起算して1ヶ月ごとに労働日数等を確認し、賃金の支払い実績に基づいて行われます。
申請方法・手続きの流れ
障害者トライアル雇用助成金の申請は、原則として以下の流れで進めます。
- ハローワーク等への求人申し込み: 障がい者トライアル雇用の希望を明記した求人情報をハローワークまたは職業紹介事業者等に申し込みます。
- 対象者の紹介・面接: ハローワーク等の紹介により対象者と面接等を行い、採用を検討します。
- トライアル雇用実施計画書の提出: 採用を決定した場合、トライアル雇用開始日の前日までに、「障害者トライアル雇用実施計画書」をハローワークに提出し、承認を受けます。この計画書には、雇用期間、賃金、業務内容などが含まれます。
- トライアル雇用の開始・実施: 計画書に基づき、対象者との雇用契約を締結し、トライアル雇用を開始します。
- 支給申請: トライアル雇用期間終了後(または期間中)、支給対象期間の労働日数・賃金支払い状況を確認し、管轄の労働局またはハローワークに助成金の支給申請を行います。申請期間は、支給対象期間の末日の翌日から2ヶ月以内です。
- 審査・支給決定: 労働局等による審査が行われ、要件を満たしていれば助成金が支給されます。
必要書類(例):
- 障害者トライアル雇用助成金支給申請書
- 対象者の出勤簿またはタイムカードの写し
- 対象者の賃金台帳の写し
- 雇用契約書の写し
- その他、労働局等が必要と認める書類
必要書類や申請様式は変更される可能性があるため、申請前に必ず管轄の労働局またはハローワークのウェブサイト等で最新情報を確認してください。
企業側から見たメリット・デメリット
障害者トライアル雇用助成金を活用することには、企業にとって多くのメリットがある一方で、留意すべき点も存在します。
メリット
- 採用ミスマッチのリスク軽減: 試行期間中に実際の業務への適性や職場への馴染みやすさをじっくりと見極めることができます。これにより、採用後の早期離職や配置転換といったミスマッチのリスクを低減できます。
- 助成金の受給: 最長3ヶ月または12ヶ月間、対象者の賃金の一部を助成金で賄うことができます。これにより、採用コストや人件費の負担を軽減できます。
- 障がい者雇用への第一歩: 障がい者雇用に関する経験がない企業にとって、トライアル雇用は取り組みのハードルを下げ、経験を積む良い機会となります。
- 社内理解の促進: トライアル期間を通じて、既存社員が障がいのある方と共に働くことへの理解を深め、受入れ態勢を整えることができます。
- 法定雇用率達成への貢献: トライアル雇用期間中も、雇用契約があれば障がい者雇用率に算定される場合があります(詳細は雇用保険の被保険者であること等を確認ください)。期間満了後の常用雇用へ繋がれば、安定的な雇用率達成に貢献します。
デメリット・留意点
- 常用雇用への移行義務ではない: あくまで「試行」雇用であり、企業と求職者の双方に常用雇用へ移行する義務はありません。ただし、安易な不採用は助成金の趣旨に反する可能性があり、今後のハローワーク等との関係にも影響しうるため、真摯な検討が必要です。
- 事務手続き: 計画書の提出や支給申請など、一定の事務手続きが必要です。必要書類の準備や期日管理が求められます。
- 期間満了後の対応: 常用雇用へ移行しない場合でも、対象者への丁寧な説明や、ハローワーク等との連携が必要になります。
- 環境整備の必要性: トライアル期間中であっても、対象者が安全かつ円滑に業務に取り組めるよう、必要な配慮や環境整備(物理的改修、業務内容の調整、周囲の理解促進など)は求められます。
活用上の注意点・成功のポイント
障害者トライアル雇用助成金を最大限に活用し、採用と定着を成功させるためには、以下の点に注意し、計画的に進めることが重要です。
- 目的意識の明確化: 単に助成金を受給するためではなく、「優秀な人材を採用し、定着してもらうこと」を主目的とする姿勢が不可欠です。
- 丁寧なすり合わせ: トライアル雇用開始前に、業務内容、期待する役割、勤務時間、必要な配慮などについて、対象者本人やハローワーク等と十分に話し合い、共通認識を持つことが重要です。
- 計画的なトライアル期間: トライアル雇用実施計画書は、単なる形式的な書類ではなく、期間中の具体的な業務内容、指導体制、評価方法などを盛り込むことで、期間終了後の常用雇用への判断材料となります。
- 社内受入れ態勢の構築: 対象者が配属される部署だけでなく、関係する社員全体に対して、障がい特性に関する理解促進や必要なサポート方法についての研修等を実施することが有効です。
- メンター制度の導入: トライアル期間中、対象者をサポートするメンターや相談役を設けることで、孤立を防ぎ、職場への早期適応を促すことができます。
- 定期的な面談・フィードバック: トライアル期間中も、対象者と定期的に面談を実施し、業務の進捗、困っていること、必要な配慮などを丁寧にヒアリングし、フィードバックを行うことで、信頼関係を構築できます。
- 適切な評価と判断: トライアル期間終了時には、計画に基づき、客観的な視点から業務遂行能力、適性、職場への適応状況などを総合的に評価し、常用雇用への移行可否を判断します。判断に至った経緯は記録しておくと良いでしょう。
- 常用雇用への移行準備: 常用雇用へ移行する場合、改めて労働条件通知書等を作成し、雇用契約を締結する手続きが必要です。
- 他の支援制度との連携: トライアル雇用期間中に環境整備が必要になった場合、「障害者作業施設設置等助成金」や「障害者介助等助成金」など、他の関連制度の活用も視野に入れると良いでしょう。ハローワークや障害者就業・生活支援センターに相談することで、自社に合った支援制度の情報を得られます。
まとめ:トライアル雇用助成金を活用し、より良い障がい者雇用を実現する
障害者トライアル雇用助成金は、企業が障がいのある方を安心して試行的に雇用し、適性を見極めるための有効なツールです。単に助成金を受給することだけを目的とするのではなく、これを企業の障がい者雇用を推進し、多様な人材が活躍できるより良い職場環境を整備するための第一歩と捉えることが重要です。
本記事で解説した詳細な要件、申請方法、そして活用上のポイントを参考に、ぜひ貴社における障がい者雇用の促進にご活用ください。トライアル雇用を通じて、新たな戦力との出会いがあり、企業の持続的な成長に繋がることを願っております。不明な点や具体的なケースに関する相談は、管轄の労働局またはハローワーク、専門の支援機関へお問い合わせください。