【労務担当者向け】障がい者の定着率向上に役立つ国のサポート:ジョブコーチ支援と障害者就業・生活支援センター活用ガイド
はじめに:法定雇用率達成とその先の課題「職場定着」
企業の障がい者雇用において、法定雇用率の達成は重要な目標の一つです。しかし、単に雇用するだけでなく、障がいのある社員が安心して長く働き続けられる環境を整備し、職場に定着してもらうことは、より本質的かつ継続的な課題となります。障がいのある社員が持つスキルや能力を最大限に発揮し、企業全体の活力向上に繋げるためにも、職場定着支援は不可欠です。
この職場定着を推進するために、国はいくつかのサポート制度を提供しています。これらの制度は、単に金銭的な助成に留まらず、専門的な知見や人的なサポートを通じて、企業と障がいのある社員双方を支援することを目的としています。
本記事では、障がい者雇用における主要な定着支援策である「ジョブコーチ支援事業」と「障害者就業・生活支援センター(なかぽつ)」に焦点を当て、それぞれの制度概要、企業側から見たメリット、具体的な活用方法、そして両者の連携について、労務担当者の皆様が実務で活用できるよう詳細に解説いたします。
障がい者の職場定着を支える主要な国のサポート制度
障がいのある社員の職場定着を支援する国の主要な制度として、以下の二つが挙げられます。
- ジョブコーチ支援事業
- 障害者就業・生活支援センター(なかぽつ)
これらは、それぞれ異なるアプローチで支援を提供しますが、相互に連携しながら機能することで、より効果的な定着支援が可能となります。
ジョブコーチ支援事業とは
ジョブコーチ支援事業は、障がいのある方が職場に円滑に適応できるよう、専門的な知識やスキルを持つ「職場適応援助者(ジョブコーチ)」が、障がいのある方と事業主の双方に対して職場への定着を目的とした支援を行う事業です。
制度の目的と概要
この事業の主な目的は、障がいのある方の職場適応に関する課題を解決し、安定した職業生活を送れるように支援することです。ジョブコーチは、職場を訪問して、障がいのある方に対して仕事の進め方や職場のルール、コミュニケーション方法などに関する具体的なアドバイスや訓練を行います。同時に、事業主や職場の同僚に対して、障がい特性への理解促進や具体的な接し方、必要な配慮事項について助言を行います。
企業にとってのメリット
企業がジョブコーチ支援事業を活用する主なメリットは以下の通りです。
- 定着率の向上: 職場適応が円滑に進むことで、早期離職のリスクを低減し、定着率の向上に繋がります。
- 職場適応の促進: 専門家であるジョブコーチの支援により、障がいのある社員が仕事や職場の環境にスムーズに慣れることができます。
- 社内教育コスト・負担の軽減: 職場で直接的な支援や、他の社員への指導・助言をジョブコーチが行うことで、事業主や既存社員の教育・指導にかかる時間や精神的な負担を軽減できます。
- 専門的知見の活用: 障がい特性に関する専門的な知識や、過去の支援事例に基づく実践的なアドバイスを得ることができます。
- 良好な職場環境の構築: 障がいのある社員だけでなく、共に働く社員の理解を深め、よりインクルーシブな職場環境を整備する一助となります。
支援内容の具体例
ジョブコーチが行う具体的な支援内容は、障がいのある方の状況や職場のニーズに応じて調整されますが、一般的には以下のようなものが含まれます。
- 障がいのある方への支援:
- 仕事内容の理解や作業手順の習得支援
- 職場のルールやマナーの習得支援
- 同僚や上司とのコミュニケーション支援
- 通勤方法や休憩時間の過ごし方に関するアドバイス
- 体調管理やストレス対処に関する助言
- 事業主・同僚への支援:
- 障がい特性に関する説明と理解促進
- 具体的な指示方法や声かけの方法に関する助言
- 必要な合理的配慮の内容に関する相談・提案
- 支援計画の共有と連携
利用対象者・企業
- 対象となる障がいのある方: 障害者手帳の有無に関わらず、職場への適応に課題があり、ジョブコーチによる支援が有効と判断される方全般が対象となり得ます(精神障がい、発達障がい、知的障がい、身体障がいなど)。新規雇用時だけでなく、再雇用や配置転換時にも利用可能です。
- 対象となる企業: 上記の対象となる障がいのある方を雇用している、または雇用しようとしている企業が対象となります。
利用方法・流れ
ジョブコーチ支援事業の利用を検討する場合、まずは最寄りのハローワークまたは地域障害者職業センターに相談することから始まります。
- 相談: 企業または障がいのある方本人が、ハローワークや地域障害者職業センターに相談します。
- アセスメント: 支援の必要性や内容について、関係機関(ハローワーク、障害者職業センター、事業主、障がいのある方本人、家族など)が協力してアセスメントを行います。
- 支援計画の作成: アセスメント結果に基づき、個別の支援計画が作成されます。支援期間や頻度、具体的な支援内容が決定されます。
- ジョブコーチによる支援実施: 作成された支援計画に基づき、ジョブコーチが職場を訪問し、支援を行います。支援は原則として職場内で行われます。
- フォローアップ: 一定期間の支援終了後も、必要に応じてフォローアップが行われます。
費用は原則として無料です。支援期間は、障がいのある方の状況に応じて異なりますが、標準的には2~8週間程度とされています。
利用上の注意点・限界
- 支援期間には限りがある: ジョブコーチによる集中的な支援には期間が設けられています。その期間内に、障がいのある方の自立と職場の受け入れ体制の構築を目指す必要があります。
- 支援内容の範囲: 支援は「職場適応」に特化しており、仕事内容そのものの訓練(例:高度な専門スキルの習得)や、職場外での生活全般に関わる支援は含まれません(ただし、通勤や体調管理など、就業に直結する生活面の課題には触れることがあります)。
- 企業側の協力が不可欠: ジョブコーチが円滑に支援を行うためには、事業主や職場の協力(情報提供、職場への立ち入り許可、同僚への説明など)が不可欠です。
障害者就業・生活支援センター(なかぽつ)とは
障害者就業・生活支援センターは、「なかぽつ」という愛称で親しまれており、障がいのある方の身近な地域において、就業面と生活面における一体的な相談・支援を行う支援機関です。
制度の目的と概要
なかぽつの最も大きな特徴は、就職を希望する障がいのある方や、現在働いている障がいのある方に対して、雇用前段階の準備から、就業中の課題、そして就業後の生活上の課題まで、多岐にわたる相談に応じ、必要な支援を行うことです。これは、障がいのある方の「働くこと」と「生活すること」が密接に関連しているという考えに基づいています。
企業にとってのメリット
企業がなかぽつと連携することには、以下のようなメリットがあります。
- 企業からの相談対応: 障がい者雇用に関する様々な相談(採用、雇用管理、定着、課題発生時など)に、ワンストップで対応してもらえます。
- 課題の整理と解決策の提案: 企業内で抱える障がい者雇用に関する具体的な課題(例:特定の社員とのコミュニケーションがうまくいかない、配置転換を検討しているなど)について、状況を整理し、解決に向けたアドバイスや具体的な支援方法の提案を受けることができます。
- 関係機関との連携調整: ハローワーク、医療機関、福祉サービス事業所、教育機関、特別支援学校など、障がいのある方を取り巻く様々な関係機関との連絡調整をサポートしてもらえます。これにより、企業が個別にこれらの機関と連携する手間や負担を軽減できます。
- 地域のネットワーク: 地域に根差した支援機関として、地域の企業や福祉サービスの情報に精通しており、企業の状況に応じた情報提供や適切な機関の紹介が可能です。
- 定着支援の連携: 雇用後の障がいのある社員の状況について、本人の同意のもと、なかぽつと情報共有や連携を行うことで、企業内での支援と生活面での支援を一体的に実施し、定着を強化できます。
具体的な支援・連携内容
なかぽつが企業に対して提供する、あるいは企業と連携して行う具体的な内容は以下の通りです。
- 障がい者雇用の受け入れに関する事前相談
- 障がいのある方の職場定着に関する相談
- 障がいのある社員の体調や生活状況に関する情報提供(本人の同意が必要)
- 就業上の課題(対人関係、指示理解、作業遂行等)に関する相談と解決に向けた助言
- 生活上の課題(健康管理、金銭管理、住居等)が就業に影響している場合の連携と支援
- ジョブコーチ支援など、他の支援サービスの利用調整や連携
- 企業内で実施可能な合理的配慮に関する情報提供や助言
- 地域の障がい者雇用に関する情報提供
利用対象者・企業
- 対象となる障がいのある方: 18歳以上の障がいのある方で、就業を希望する方、または現在就業している方。障がい者手帳の有無は問われません。
- 対象となる企業: 上記の対象となる障がいのある方を雇用している、または雇用しようとしている企業。
利用方法・流れ
なかぽつへの相談は、事業所の所在地に関わらず、利用しやすい最寄りのセンターに直接連絡を取ることから始められます。全国に設置されており、都道府県が指定した法人等が運営しています。
- 相談: 企業または障がいのある方本人が、最寄りのなかぽつに電話やメール等で連絡し、相談を申し込みます。
- 面談: センターを訪問、または必要に応じて企業への訪問等を通じて面談を行います。
- 課題整理と支援: 相談内容に基づき、課題を整理し、情報提供、助言、関係機関との連携調整など、必要な支援が提供されます。継続的な相談や支援も可能です。
費用は無料です。
ジョブコーチとなかぽつの関係性、どちらをどう活用するか
ジョブコーチ支援となかぽつは、障がい者の職場定着という共通の目的に向かっていますが、その役割やアプローチには違いがあります。
- ジョブコーチ: 主に「職場内」での具体的な課題解決に特化し、集中的な支援を行います。現場での実践的な訓練や関係者への直接的な働きかけが中心です。期間が限られている場合が多いです。
- なかぽつ: 就業面と「生活面」を一体的に捉え、より幅広い相談に対応し、関係機関との連携調整を広く行います。職場外での生活課題が就業に影響する場合などに強みを発揮します。継続的な相談窓口としての機能が大きいです。
企業の状況に応じた選び方・併用
- 入社直後、特定の職場での具体的な作業やコミュニケーションに課題がある場合: まずは集中的な職場内支援であるジョブコーチ支援の利用を検討するのが有効です。
- 就業上の課題が、生活リズムの乱れ、健康管理、金銭管理など、生活面の課題と複合的に関連している場合: なかぽつに相談し、就業・生活両面からのアプローチを検討するのが適しています。
- 特定の機関との連携(医療機関、福祉サービス等)が必要な場合: なかぽつがハブとなり、連携をサポートしてくれることが多いため、なかぽつへの相談がスムーズです。
- 長期的な相談窓口を持ちたい、様々な課題が発生するたびに相談したい場合: なかぽつは継続的な相談に対応しています。
- ジョブコーチ支援期間終了後も、定期的な相談やフォローアップが必要な場合: なかぽつがその役割を担うことができます。
最も効果的なのは、これらの制度を単独で利用するのではなく、企業の状況や障がいのある社員のニーズに合わせて、ジョブコーチとなかぽつ、そしてハローワークや障害者職業センターといった関係機関が連携しながら支援を行うことです。 例えば、なかぽつで就業・生活全般の相談や計画を立て、具体的な職場内でのスキル習得や課題解決にはジョブコーチの集中的な支援を活用し、支援終了後はなかぽつが継続的な相談窓口となる、といった連携が考えられます。
これらのサポート制度を最大限に活用するポイント
国の提供する定着支援制度を効果的に活用するためには、以下の点を意識することが重要です。
- 早期の相談・連携の重要性: 課題が発生してからではなく、雇用前段階の不安や、課題の兆候が見られ始めた段階で早めに関係機関に相談することで、手遅れになる前に適切な支援に繋げることができます。
- 社内体制との連携: 支援機関任せにせず、事業主、直属の上司、同僚、人事労務担当、産業保健スタッフなど、社内の関係者が連携し、支援計画や障がいのある社員の状況に関する情報を共有することが不可欠です。
- 支援機関との具体的な情報共有: 障がいのある社員の職場での具体的な状況、困りごと、企業の要望などを、支援機関に具体的に伝えることで、より的確な支援を受けることができます。個人情報については、本人の同意を得た上で共有するようにします。
- 長期的な視点での支援計画: 定着支援は短期的な課題解決だけでなく、障がいのある社員がその企業でキャリアを築いていけるよう、長期的な視点で必要な配慮や支援を検討していくことが望ましいです。
まとめ:定着支援への積極的な取り組みを
障がい者雇用は、法定雇用率の達成だけでなく、その後の「職場定着」が非常に重要です。今回ご紹介したジョブコーチ支援事業や障害者就業・生活支援センター(なかぽつ)は、企業が障がいのある社員の定着を支援する上で、非常に強力な味方となります。
これらの制度を適切に理解し、企業の状況や個々の社員のニーズに合わせて積極的に活用することで、障がいのある社員が能力を発揮し、企業に貢献できる良好な雇用環境を整備することが可能となります。定着率の向上は、企業の社会的責任を果たすだけでなく、組織全体の生産性向上や多様な働き方の推進にも繋がる重要な取り組みです。ぜひ、これらの国のサポート制度を貴社の障がい者雇用戦略に積極的に取り入れていただければ幸いです。