【労務担当者向け】障害者法定雇用率の正しい算定と、関連助成金・納付金制度の活用実務
はじめに:正確な法定雇用率算定が実務の基盤となる
障がい者雇用を推進する上で、企業が遵守すべき重要な基準の一つに「法定雇用率」があります。この法定雇用率は、単に達成目標となる数値であるだけでなく、各種助成金や雇用納付金・調整金・報奨金の算定根拠ともなる、障がい者雇用実務の土台となるものです。
法定雇用率の正確な算定は、企業の遵法性を確保する上で不可欠であり、また、関連する国の支援制度を適切に活用し、コストを最適化するためにも極めて重要となります。特に労務担当リーダーの皆様にとっては、自社の雇用状況を正確に把握し、将来的な雇用計画や環境整備の判断材料とする上で、避けては通れない実務です。
本稿では、法定雇用率の基本的な考え方から、具体的な算定方法、そしてその算定結果がどのように各種助成金や納付金制度に影響するかまでを、実務担当者の視点から詳しく解説いたします。正確な算定方法を理解し、関連制度の活用に繋げるための一助となれば幸いです。
法定雇用率制度の概要と算定の目的
法定雇用率制度は、障がいのある方の職業の安定を図るため、事業主に対して常用雇用労働者に占める障がい者の割合を義務付けるものです。この制度の根拠は「障害者の雇用の促進等に関する法律(障害者雇用促進法)」にあり、企業規模に応じて障がい者を一定割合以上雇用することを促しています。
法定雇用率の算定は、企業の障がい者雇用義務の履行状況を客観的に評価するために行われます。毎年6月1日現在の障がい者雇用状況を厚生労働大臣に報告することが事業主には義務付けられており、この報告において正確な雇用率を算定する必要があります。
算定された実雇用率は、以下の制度に直接的に影響します。
- 障害者雇用納付金制度: 法定雇用率を達成しているか否かによって、納付金の支払い義務が生じたり、調整金や報奨金の受給資格が得られたりします。
- 各種助成金制度: 特定の助成金(例: 特定求職者雇用開発助成金、障害者雇用安定助成金など)の支給要件や支給額の一部が、雇用率の状況や、雇用率達成に向けた取り組みと関連付けられている場合があります。
したがって、正確な算定は、企業の財務負担(納付金)や収益(調整金、報奨金、助成金)に直結する重要な実務と言えます。
障がい者のカウント方法:算定の基礎となる「実雇用率」
法定雇用率に対する企業の達成度を示すのが「実雇用率」です。実雇用率は、以下の式で計算されます。
実雇用率 = (雇用している障がい者の数) ÷ (常用雇用労働者の総数) × 100
この式の分子である「雇用している障がい者の数」と、分母である「常用雇用労働者の総数」を正確に把握することが、算定の鍵となります。
1. 雇用している障がい者の数のカウント
カウント対象となる障がい者は、原則として以下のいずれかに該当し、雇用保険の被保険者である方です(一部例外あり)。
- 身体障がい者手帳、療育手帳(愛の手帳、みどりの手帳等)、精神障害者保健福祉手帳の交付を受けている方。
- 統合失調症、そううつ病(躁うつ病)、てんかんを有する方で、一定の条件を満たす方(精神障害者保健福祉手帳の有無にかかわらず)。
カウント上の重要なポイントは、週所定労働時間による扱いと、特定の障がい特性を持つ方に対する「ダブルカウント」や「特例」です。
- 週所定労働時間20時間以上30時間未満の方: 1人につき0.5人としてカウントします。
- 週所定労働時間30時間以上の方: 1人につき1人としてカウントします。
さらに、以下の障がい者については、算定上の特例が設けられています。
- 重度身体障がい者、重度知的障がい者: 週所定労働時間にかかわらず、1人につき2人としてカウントします(いわゆるダブルカウント)。
- ただし、重度身体障がい者または重度知的障がい者であって、週所定労働時間が20時間以上30時間未満の場合は、1人としてカウントします。
- 精神障がい者:
- 週所定労働時間が30時間以上の場合: 1人としてカウントします。
- 週所定労働時間が20時間以上30時間未満の場合: 令和5年4月1日以降の雇用の場合、当分の間1人としてカウントする特例措置が講じられています(本来は0.5人カウントとなる時間帯ですが、精神障がい者の特性に配慮した措置です)。
これらのカウント方法を正確に適用することが、実雇用率の分子を正しく算出するために不可欠です。手帳の種類、等級、週所定労働時間、そして雇入れ年月日(特に精神障がい者の特例に関わるため)を確認する必要があります。
2. 常用雇用労働者の総数のカウント
常用雇用労働者とは、以下のいずれかに該当する労働者を指します。
- 雇用契約において、期間の定めなく雇用されている者。
- 雇用契約において、1年以上の期間を定めて雇用されている者。
- 雇用契約において、1年未満の期間を定めて雇用されているが、過去1年以上引き続き雇用されている者。
- 日々雇用される者であって、過去1年以上引き続き雇用されている者。
これらの条件に該当する労働者の総数を、障がい者、障がい者以外の労働者にかかわらず全員合計します。ここでも週所定労働時間による扱いがあります。
- 週所定労働時間20時間以上30時間未満の労働者: 1人につき0.5人としてカウントします。
- 週所定労働時間30時間以上の方: 1人につき1人としてカウントします。
つまり、常用雇用労働者の総数は、週所定労働時間30時間以上の労働者数と、週所定労働時間20時間以上30時間未満の労働者数の半分を合計した数となります。
実雇用率の計算においては、雇用している障がい者の数(分子)と常用雇用労働者の総数(分母)の両方で、週所定労働時間20時間以上30時間未満の労働者を0.5人としてカウントする点に注意が必要です。
法定雇用率と関連制度:納付金、調整金、報奨金、助成金への影響
正確に算定された実雇用率は、障害者雇用納付金制度における企業の負担または受給額を決定します。
- 法定雇用率 未達成:
- 常用雇用労働者数100人超の企業は、不足する障がい者数1人あたり月額50,000円の「障害者雇用納付金」を納付する義務が生じます。
- 法定雇用率 達成:
- 常用雇用労働者数100人超の企業で、法定雇用率を超過して障がい者を雇用している場合、超過する障がい者1人あたり月額27,000円の「障害者雇用調整金」が支給されます。
- 常用雇用労働者数100人以下の企業で、法定雇用率(現在は2.3%)を超えて障がい者を雇用している場合、対象障がい者1人あたり月額21,000円の「報奨金」が支給されます。
算定結果がこれらの制度に直接影響するため、特に常用雇用労働者数が100人を超える企業では、不足人数に応じた納付金負担を避けるためにも、正確な算定と雇用促進が重要となります。法定雇用率を達成または超過することで、調整金や報奨金といったインセンティブを受け取ることができます。
また、特定の助成金制度においては、申請要件として法定雇用率の達成を目指すことが前提となっていたり、支給額が雇用状況に応じて変動したりする場合があります。例えば、職場環境改善助成金などは、障がい者が働きやすい環境整備を支援するものですが、その根本には雇用率達成に向けた企業の努力があります。特定求職者雇用開発助成金も、対象となる障がい者を継続して雇用することで支給されるものであり、これも実雇用率の向上に貢献する取り組みと言えます。
正確な実雇用率を把握することで、自社が現在どの制度の対象となりうるか、どのような雇用対策が必要か、そしてどれくらいの財務的影響があるかを明確にすることができます。
正確な算定のための実務上のポイントと注意点
正確な法定雇用率算定を行う上で、労務担当者が留意すべき具体的なポイントがいくつかあります。
- 障がい者手帳、診断書の確認と管理: 雇用する障がい者の障がいの種類、等級、手帳の交付日などを正確に把握し、適切に管理することが不可欠です。精神障がい者の場合は、手帳だけでなく診断書等で疾病名や就労上の配慮事項等を確認することも重要です。
- 週所定労働時間の正確な把握: 個々の労働者の労働契約における週所定労働時間を正確に把握することが、0.5人カウントや特例適用の判断に直結します。契約変更等があった場合は、その都度確認が必要です。
- 算定基準日(6月1日)の状況確認: 毎年6月1日時点での雇用状況に基づいて算定するため、この日現在の在籍者、週所定労働時間、障がい状況等を正確に集計する必要があります。
- 適用事業所範囲の確認: 企業全体で雇用率を算定する場合と、特定の事業所単位で算定する場合(特例子会社制度等)があります。自社の適用範囲を正確に理解しておく必要があります。
- グループ会社間での扱い: グループ会社間で障がい者雇用を促進する場合、子会社特例や関係会社特例といった制度の活用も検討できますが、それぞれに複雑な要件があります。これらの制度を利用する場合の算定方法も、通常の算定とは異なる点があるため、事前に確認が必要です。
- 算定ツールの活用: 厚生労働省や外部機関が提供する算定ツールやシステムを活用することで、計算ミスを防ぎ、効率的に算定を行うことができます。自社の従業員数が多い場合は、システム導入も検討価値があります。
- 専門機関への相談: 算定方法や関連制度の解釈に迷う場合は、ハローワークや障害者雇用支援センターなどの専門機関に相談することが最も確実です。
特に、週所定労働時間20時間以上30時間未満の方のカウント方法、重度障がい者や精神障がい者の特例、そして算定基準日における在籍確認は、実務で間違いやすいポイントです。定期的に算定方法に関する最新情報を確認し、社内での情報共有を徹底することが重要です。
算定結果を活用した制度活用の最適化
正確な法定雇用率を算定できた後は、その結果を基に関連制度の活用を最適化することが可能になります。
納付金対策と調整金・報奨金受給戦略
実雇用率が法定雇用率を下回る場合、納付金発生のリスクを回避または軽減するための対策を検討します。不足人数が明確になるため、目標とする採用人数やターゲットとする障がいの種類(カウント方法に影響するため)を具体的に設定できます。例えば、週所定労働時間20時間以上の精神障がい者を雇用できれば、特例により1人カウントとなるため、短期間での雇用率向上が期待できるかもしれません。
逆に法定雇用率を達成または超過している場合は、調整金または報奨金の受給資格が得られます。これらの受給額を算定することで、障がい者雇用にかかるコストの一部を補填できる見込みが立ちます。受給手続きは所定の期間内に行う必要があるため、算定結果が出次第、速やかに準備を進めることが重要です。
各種助成金との連携
算定された実雇用率や、算定の過程で見えてきた障がい者雇用の課題(例: 週所定労働時間30時間未満の従業員が多い、特定の障がい種別が少ないなど)は、利用すべき助成金制度を検討する上でのヒントとなります。
- 職場環境に課題がある場合は、職場環境改善助成金や障害者介助等助成金の活用を検討。
- 採用活動に課題がある場合は、トライアル雇用助成金や特定求職者雇用開発助成金の活用を検討。
- 定着に課題がある場合は、ジョブコーチ支援や障害者就業・生活支援センターの活用、雇用継続に関する助成金の活用を検討。
正確な算定は、自社の現状分析に繋がり、その分析結果に基づいて、最も効果的な国の支援制度を選択し、活用するための重要なステップとなるのです。
まとめ:正確な算定がより良い障がい者雇用に繋がる
障がい者法定雇用率の正確な算定は、企業の障がい者雇用義務を果たす上での基本中の基本であり、関連する国の支援制度、特に障害者雇用納付金制度を適切に利用・活用するための出発点です。
本稿で解説したように、障がい者のカウント方法には週所定労働時間や障がい種別に応じた特例があり、常用雇用労働者のカウントにも同様の注意が必要です。これらの詳細を正確に理解し、毎年6月1日現在の雇用状況を丁寧に集計することが、実務担当者には求められます。
正確な算定結果は、納付金負担の有無、調整金・報奨金の受給額、そして自社の障がい者雇用に関する課題と、それに対する有効な助成金・支援制度を明確にします。算定を単なる報告業務として捉えるのではなく、自社の障がい者雇用をさらに推進し、より働きやすい環境を整備するための現状分析と改善計画の第一歩として捉えることが重要です。
算定に関する不明点や最新情報については、常に厚生労働省の公式情報やハローワーク等の専門機関に確認することをお勧めいたします。正確な算定を基盤として、貴社の障がい者雇用がさらに発展することを願っております。